ASHの『A-Z Volume 1』のボリュームを称える

“The A-Z Series”という企画を経て発売されたASHの6枚目のアルバム『A-Z Volume 1』をご紹介。
2週間に1曲というペースで1年をかけて26曲を発表するという、傍から見ると無謀にも見える販売方法が話題になっていたASHですが、その一連の作品の半分をまとめた作品が『A-Z Volume 1』で、厳密に言えばシングルコンピレーションという形に近い為、これをアルバムとして考えて良いのかは意見が分かれるかもしれません。
という事で、前置きはさておき内容の方を書いていきたいと思います。このアルバムの場合、各曲ごとにレビューするのが正しい書き方かと思いますが、ザックリ全体像を。聞き終えてまず思ったのが、打ち込み色が強い楽曲が印象に残るという事。それも「True Love 1980」という曲もあるぐらいなので80年代的なピコピコとしたシンセサイザー中心で、ダンスミュージックに接近したというよりもあくまでもポップミュージックの延長線上にあるサウンドが大胆に取り入れられており、これはある意味新鮮でした。Tim Wheelerの甘ったるい声にこのアプローチは相性が良く、驚くほど違和感無くはまっています。個人的にはギターが炸裂する「Joy Kicks Darkness」「The Dead Disciples」の様な楽曲に、あの粘着質だけど少年の様に舌足らずなボーカルが乗るギャップもASHの魅力だと思うので、その辺の魅力も失っていないのは嬉しいところ。
そもそも“The A-Z Series”という企画はシングルを意識して作品を作り続ける事で、全体像にこだわる事無く自由に作品を作れますので、結果的に『A-Z Volume 1』はバラエティ豊かな作品にならざるを得ないですし、実際にモータウンビートを取り入れた日本のファンを虜にする「Ichiban」ASHの楽曲の中では一番リミックス映えしそうな「Space Shot」、浮遊感があり緩やかに新境地を開く「Song Of Your Desire」の様に幅広い楽曲が様々な表情を持って次々に飛び込んでくるところが『A-Z Volume 1』の大きな特徴にもなっています。
最大のヒットアルバム『Free All Angels』からヘビーなサウンドに移行した『Meltdown』、そしてセールス的には失敗に終わってしまった『Twilight of the Innocents』へのシフトチェンジした時期というのは全体像に囚われたASHが迷いを見せていた時期でもあると思うのですが、“The A-Z Series”という企画にチャレンジする事で、一気に霧が晴れた様に伸び伸びとしたサウンドに生まれ変わった印象を受けます。また、シングルを意識した事で、メロディに重点を置いた作品作りに回帰してArcadiaの様な名曲が生まれたのだと思うし、全体を通してメロディの力強さが増している事も『A-Z Volume 1』の魅力だと思います。
“The A-Z Series”は音源の販売フォーマットが配信と7インチ(1,000枚限定)の2形態のみのシングルだった為、個人的には追いきれていなかった企画なので、このCDの発売は嬉しい限りなのですが、最初に聞いた時はちょっと倖田來未の12週連続シングル発売を思い出して不安が頭を過ぎりました。しかし冷静に考えてみれば、7インチを買っている人は熱心なASHのリスナーかDJユースのどちらかだと思うし、音楽配信のみで音楽を聞いている人にとってみれば今回のCD発売はあまり関係の無いリリースかもしれません。国内盤はボーナストラックの収録はもちろんの事、リミックスを含めた14曲入りのボーナスディスクも付属という大盤振る舞いではあるものの、オフィシャルサイト等で購入している人は更に多くの楽曲が提供されている訳で、リスナーを裏切る様な販売方法にはなっていないのは信頼出来るし、この凄まじいリリース力は近年のUKバンドの中では間違いなくトップクラスだと思います。そしてASHというある意味メジャー感のあるバンドが楽曲を出し惜しみせずにリリースを続けている事や、AからZで始まる都市でどさ回りの様なライブを敢行したりする事は改めて非常に意義深いと感じています。そしてそこまで徹底できた事が、ある意味今の時代に合った販売方法かもしれない今回のASHの試みが、顧みた時に称えられる結果に繋がるのではないかと思っています。
ボーナスディスクに関して少し触れておくと、B面の楽曲にアコースティックバーション、そしてリミックスで構成されており、リミックスはダンスよりでフロア対応のものが多いのですが、アコースティックバージョンは今作のメロディの良さが浮き彫りになっており、興味深い内容。特にEmmy the Greatが参加した「Tracers」のアコースティックバージョンは必聴。

エー・ゼット・ヴォリューム 1(初回限定盤)(CD2枚組)

エー・ゼット・ヴォリューム 1(初回限定盤)(CD2枚組)

先日の来日公演も好評だったようで、次はフジロックフェスティバル'10ですね。日本でも大いにその偉業を称えたいところ。