KANの『カンチガイもハナハダしい私の人生』の濃密な奔放さ

という事でKAN『カンチガイもハナハダしい私の人生』のレビューでも。
一言で言えば今作『カンチガイもハナハダしい私の人生』は見事にKANの多様性というか、フットワークの軽い雑食性が遺憾なく発揮された作品。全9曲入りと曲数は少ないものの全ての楽曲が濃密で様々なオマージュを繰り広げながらも、その楽曲のレベルの高さに感服せざるを得ない仕上がりになっています。
先行シングルとなった「よければ一緒に」の素晴らしさは以前も書いた通りなので省略して、今回は他の楽曲に関して書いていきたいと思います。
一曲目の「REGIKOSTAR 〜レジ子スターの刺激〜」はもうこれは完全にPerfume(タイトルは言わずと知れたBuggles「ラジオ・スターの悲劇」が元ネタ)。つまり中田ヤスタカサウンドに対するオマージュですが、非常に出来の良いテクノポップ。どちらかといえばPerfumeのポップサイドをなぞる様な楽曲で、本人達がカバーしても違和感無いと思うのですが、歌詞の世界観はKANらしい語呂合わせや韻の踏み方満載で、新境地の様で実は非常にKANらしい一曲。「小学3年生」はビッグバンドジャズで塩谷哲がピアニストとして参加していてバックバンドも豪華な事からも分かる通り、かなり本格的なビッグバンド・ジャズサウンドに仕上がっています。アダルトなサウンドなのに歌詞は小学3年生目線というギャップも面白いし、この冒頭2曲のサウンドの振り幅は物凄いものがあるわけですが、この聞き手を裏切る落差こそが『カンチガイもハナハダしい私の人生』の第一の聞きどころでもあります。そしてアルバムの中盤に差し掛かってはKANが得意とするメロディの立った王道のポップサウンドが続きます。悲しい歌詞の世界観が実にKANらしい「ピーナッツ」。シングル「よければ一緒に」カップリングにライブバージョンが収録されていたものの、アレンジが変わり新鮮な「バイバイバイ 」。そしてKAN曰くWest Coast風のロックサウンド「青春の風」は、歌詞にWings「Band on the Run」が出てきたりとKANPaul McCartneyに対する愛情を垣間見る事が出来る甘酸っぱくもほろ苦い一曲。KANの偉いのは歌詞にWingsを登場させただけでなく、わざわざ実際にギターソロも本家から拝借してきて、歌詞に合わせるようにギターを自分で弾いているところで、深い拘りを感じる事が出来ます。また、TRICERATOPSのドラマーである吉田佳史「ピーナッツ」「青春の風」でドラムを叩いているのも、意外な人選ながらシッカリとはまっています。「ordinary days」も実にシンプルな一曲ですが、幸福な歌詞が印象的で、この曲が真ん中に入る事でアルバム全体を中和する役目を果していると思います。「オー・ルヴォワール・パリ」はフランスに音楽留学していたKANならではのシャンソン風の楽曲で、物悲しいサウンドとは裏腹に真面目な様で実はとぼけた様な歌詞が実にKANらしい。
そして名曲「よければ一緒に」を経て、問題の最終曲「予定どおりに偶然に」ASKAとの共作という事で発売前から話題になっていたのですが、この曲の凄いところは本人を目の前にして、実に忠実にCHAGE and ASKAの世界観を再現しているところ。もちろん、共作しているASKAの世界観が強いのですが、楽曲そのものがCHAGE and ASKAサウンドを継承したもので、本家の楽曲と比べても遜色ないほど壮大。歌詞にも随所にCHAGE and ASKA色(特にASKA色)の強いフレーズが散りばめられています。シンプルなメロディが印象的な『カンチガイもハナハダしい私の人生』ですが「予定どおりに偶然に」はメロディもアレンジも凝りまくった一曲で、KANのオマージュする才能が結実した渾身の仕上がりになっています。といっても楽曲の途中で「Strawberry Fields Forever」が登場したりと、ちゃっかりとBeatlesサウンドを入れてくる辺りも実にKANらしく非常に聞きどころが多い一曲なっています。「予定どおりに偶然に」は、本家のCHAGE and ASKAが活動休止状態の中、CHAGE and ASKAファンにも嬉しい仕上がりだろうし、ASKAが共作しボーカルと参加している事で説得力が増した一曲になっています。ASKAの確立した世界観は飛びぬけていて、そのボーカルを含めた存在感が圧倒的な事も改めて確認出来るのですが、同時に今の日本の音楽シーンを見渡しても、強力な男性ボーカルが欠けているという事実が浮き上がってきて印象的です。
とまあ、勢いでざっと個々の楽曲に関して書きましたが、全体を通せば『カンチガイもハナハダしい私の人生』「よければ一緒に」というシンプルなメロディで構成された核になる楽曲がある事で、伸び伸びと奔放に凝りまくった楽曲が活き活きとしている様に感じます。また、「予定どおりに偶然に」を除いた個々の楽曲のメロディは最近のKANの作品の中では比較的シンプルだといえ、その分アレンジに力が入った作品だと『カンチガイもハナハダしい私の人生』は言えると思いますし、全9曲の濃密さはそのキャリア史上一番なアルバムだと言えると思います。KANの真骨頂であるフットワークの軽さとポップセンスが、あますところなく発揮された『カンチガイもハナハダしい私の人生』は、KAN一発屋と思っている人達に対しては目から鱗な一枚になっていると思いますし、幅広いリスナーを巻き込む事が出来る傑作だと思いますので、ぜひぜひ聞いてみてください。
永久特典のDVDの内容に関しても少し触れておきますが、レコーディングの様子が生々しく伝わるドキュメンタリーは非常に貴重。音楽を作っている人にはそのレコーディングの手法は参考になるはずだし(自分はその拘りというか音楽に対するアプローチに感動を覚えました)、この作品のバックグラウンドが見えてくる素晴らしい映像だと思いますので、一見の価値ありです。ちなみにCDのライナーにも各楽曲データが視覚的に掲載されており、『カンチガイもハナハダしい私の人生』のレコーディングドキュメンタリーの一端を担っているのも興味深い。これだけ鮮明にレコーディングの映像やデータを残している作品はあまり記憶に無いので、この辺も『カンチガイもハナハダしい私の人生』がリアリティで凄みを感じさせながらも、暖かみがあり身近に感じられるという稀有な作品になっている要因の一つだと思います。
Amazonが発売日直前にDVDを認識。今はポイントもつきますし割安に購入出来ます。レビューも概ね大絶賛。

カンチガイもハナハダしい私の人生(DVD付)

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この一発取りのPVとその裏側もDVDには収録。