Emmy the Greatの『Virtue』の理想的な届けられ方

Emmy the Greatのセカンドアルバム『Virtue』を聞いています。
まず、Emmy the Great『Virtue』はPledge Music(簡単にいえば「誓約(Pledges)」を購入する事でミュージシャンのアルバム製作に投資をする方式で、期間内に目標金額に達した時点で購入者に請求が行くという方式)というシステムを使って製作された作品で、近年の音楽の届け方として一石を投じるシステムで作られています。『Virtue』はこの方式で作られたにも拘らず、しっかりとレコード会社を通しても発売され、尚かつ国内盤が先行発売されるという、非常に理想的な流れ(熱心なリスナーに向けてのWin-Winな販売方法から幅広いリスナーへも届けるという流れ)でリスナーに届けられており、Emmy the Greatというアーティストの現在の順調な音楽活動がしっかりと反映されていると思います。
内容の方も順調な活動を証明するかの様に、セカンドアルバムにして実に地に足が付いたというか安心できる仕上がりで、デビューアルバム『First Love』からの良い流れを踏襲していると思います。サウンド的には普遍的なフォークが貴重ではあるものの、細やかな部分でサウンドの幅は広がったといえ、前作より若干トラッドな印象は薄くなったかもしれません。全体的に落ち着いたトーンでアルバムは進行していき、前作よりも深みが増したサウンドEmmy the Greatの世界観を確立させている様に思います。その世界観を確立させている要因の一つにEmmy the Greatの場合は歌詞がある訳ですが、今作でもイマジネーション豊かな歌詞がメロディの中に次々と投げ込まれています。アルバムの冒頭を飾る「Dinosaur Sex」はタイトルだけを見ると凄いものを想像してしまいますが、「Dinosaur」という単語は古臭い時代遅れなもののメタファーで、原子力発電を揶揄するような歌詞になっています。日本にとってあまりにもタイムリーなその歌詞ですが、社会的というよりはウィットに富んでいて原風景が浮かぶ様な歌詞に仕上がっています。他の楽曲の歌詞も前作に比べると寓話的で、高いストーリー性がサウンドと一体になる事でEmmy the Greatの世界観を押し広げていっていると思います。
プロデューサーはDepeche ModeErasureを手掛けているGareth Jonesで、意外な人選だなと思ったのですが、フォークミュージックの枠に収まらない独特の浮遊感を生み出しており、この辺のEmmy the Greatの意図は上手く機能している様に思います。また、音楽的なコラボレーターでもあるEuan Hinshelwoodの貢献も高く、彼の弾くギターと音楽的要素がアクセントになっており、この辺も『Virtue』が画一的なフォークアルバムにならなかった要因の一つになっていると思います。
そして、例によって国内盤のボーナスが豪華。「God Of Loneliness」モータウンビートが軽快な名曲。「One Person Playing Two Roles」「Burn Baby Burn」Emmy the Greatがカバーしたことで親交が深まったAshTim Wheelerが参加、プロデュースしたフェイ・ウォンのカバー。といった感じで聞きどころが多いので、国内盤の購入を推奨。

ヴァーチュー

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