スピッツが『とげまる』で見せた変わらないモノ、変わっていくモノ

スピッツの13枚目のアルバム『とげまる』を激しくご紹介。
スピッツに対して聞こえてくる評価というのは、どのメディアでも書かれている通り、枯れない、変わらない、普遍的なサウンドと楽曲のクオリティの高さだと思いますし、スピッツに関しては駄作が無い為、いつもレビューに悩まされてしまいます。今作『とげまる』に対してもいつにも増して好意的なレビューも多いですし、その評価にも頷ける仕上がりなのですが、ちょっと視点を変えて書いていきたいと思います。
今作『とげまる』は収録予定曲をあらかじめライブで演奏する試みもあって、シングル→ツアー→シングル→アルバムの流れで徐々にその全貌が明らかになっていた為、近年のアルバム発売前に比べると異常にアルバムへの期待も高まっていました。その大きな理由の一つに「恋する凡人」という楽曲の存在が大きくて、ライブで聞いた瞬間から鮮烈に印象に残ったその楽曲はアルバムの中でもやはり特別な一曲になっていました。
『とげまる』に収録された楽曲の歌詞は非常にアグレッシブというか前向きな内容のものが多いのですが、その歌詞が現状を受け入れた上での歌詞というか、年月が流れて、色々なモノが変化して、それでも変わらずにいたいというか、変わらない為にもがき続けている様な印象を受けました。「愛している」の響きだけで強くなれる気がしていたのに、「愛してる」だけでは足りなくて言葉が溢れてしまっていたり、空も飛べるはずと思っていたけれど、まだ跳べるかなと不安になってみたり、今までのスピッツの世界観と呼応しながらも、現状の自分の迷いや不安を受け入れながら前へ進むんだという意思を『とげまる』の歌詞からは強く感じる事が出来ます。その際たる楽曲が「恋する凡人」で、甘くて未熟な恋ではなく、人生の経験や様々な恋の辛さを味わった上で、まだ恋に対して盲目で凡人でいられるという喜びともどかしさや戸惑いが同居した歌詞で、挙句の果てには歌詞を放棄するという最大限の迷いを、ストレートに表現した特異な楽曲だと思います。「恋する凡人」「8823」以来のアップテンポで必殺のメロディラインを携えたストレートなラブソングで、スピッツの現在のモードをハッキリと表現している名曲だと断言出来る仕上がりなのですが、『とげまる』には他にも興味深い楽曲が多数収録されています。
シングル曲やそのカップリングなどに収録された楽曲のクオリティに関しては言わずもがななんですが、美しいアレンジが素晴らしい新月やライブ映えしそうな「幻のドラゴン」「TRABANT」、王道的なメロディで前作からの流れを踏襲した「聞かせてよ」スピッツサウンドや世界観を総括し『とげまる』を象徴する様な「えにし」と新たに耳にした中盤のアルバム収録曲の流れとクオリティが当然の様に素晴らしく、メンバーがダウンロード販売される事も意識したとコメントしている通り、どこを切ってもスピッツな楽曲で『とげまる』は構成されている反面、単曲では伝わらないアルバムとしての構成力も非常に練られているのがスピッツらしさでもあると思います。前述した中盤のアルバム収録曲の流れだけではなく、例えば「どんどどん」のアウトロからStone Roses「Elephant Stone」の様なリズムの君は太陽に繋がっていく部分なんて、Rideに影響を受けた初期のスピッツから受け継がれるUKロックサウンドも消化した見事な構成だと思います。
亀田誠治によるプロデュースも4作目となりすっかり板についた感があり、今作では一気に完成形に近づいた様に感じます。面白いのはセルフプロデュースになった「探検隊」「どんどどん」スピッツの「とげ」の部分が滲み出た楽曲に仕上がっている事で、サウンド面での意欲的な挑戦やロックバンドとしてのスピッツらしさが表現されており、次作では完全にセルフプロデュースに移行するのではないかと期待させてくれています。アルバム全体を通してリズム隊の演奏力の素晴らしさが印象に残り、個々の楽器とボーカルがクリアで様々なサウンドが飛び込んでくる『とげまる』は非常にロックっぽいプロダクションだとは思うのですが、若干サウンドが硬質かなと感じる事もあり、もっとスピッツの持つ柔らかで「まる」な部分も打ち出したアルバムも聞いてみたい気がします。まあその辺は捉え方というか好みの問題ですので、『とげまる』が傑作である事は疑い様がありません。
とまあ、グダグダと書いてきましたが、ほうっておいても『とげまる』の素晴らしさは多くの人に届くでしょうし、誰もが良いものは良いと胸を張って言える一枚に仕上がっていると思います。スピッツが繋いだ縁で、理想の世界じゃなくてもいつまでも生かされていける。そんな事が頭を過ぎる人生の大切なサウンドトラック。

とげまる

とげまる